☆小田原城の歴史を訪ねる。
☆銅門一の門
☆銅門二の門
☆常盤木門
☆天守閣入り口
☆堀
☆小田原城
通称 小峯城(小峰城)、小早川城(小早川館)
城郭構造 平山城
天守構造 複合式層塔型3重4階(1633年 築)
築城主 大森頼春
築城年 1417年(応永24年)
主な改修者 上杉氏、北条早雲、大久保忠世、稲葉正勝
主な城主 後北条氏、阿部氏、稲葉氏
大久保氏
廃城年 1871年(明治4年)
遺構 石垣、土塁、堀
指定文化財 国の史跡
再建造物 天守、門
☆小田原城
北条氏は、居館を現在の天守の周辺に置き、後背にあたる八幡山
(現在の小田原高校がある場所)を詰の城としていた。居館部に
ついては北条氏以前の大森氏以来のものとするのが通説であるが、
大森氏時代にはより東海道に近く15世紀の遺構が実際に発掘されて
いる現在の三の丸北堀付近にあったとする異説もある。3代当主
北条氏康の時代には難攻不落、無敵のお城といわれ、上杉謙信や
武田信玄の攻撃に耐えた。江戸時代に居館部が近世城郭へと改修
され、現在の小田原城址の主郭部分となったが、八幡山は放置
された。そのため、近世城郭と中世城郭が江戸期を通して並存し、
現在も両方の遺構が残る全国的に見ても珍しい城郭である。
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